『イタリアン・アメリカン』 マーティン・スコセッシ監督(1974 年)
魅惑の映画都市・東京で、数多の選択肢から封切り情報、嗜好、気分を参考に観 るべき1本を選ぶ時、とても集中する。選択肢にドキュメンタリーが含まれる時、フィク ションより身構える。映される対象やテーマに無邪気な興味があっただけなのに、苦 い心を抱えて映画館を出ることは少なくなかった。隠された史実が明るみに、毛穴の 見える距離で密着、涙ながらの告白。生々しい被写体に狼狽える。カメラはこれほど までに他者の領域に踏み込む権利を持つのだろうか。時に腹立たしく、同時に居心 地の悪さを覚えるのは、そんなカメラが自分の無邪気な興味と似ているからだろう。
だから、マーティン・スコセッシ『イタリアン・アメリカン』のエンドロールを目で追い ながら、フィルムセンターの暗闇で叫びそうになった。こんなドキュメンタリーが観た かった、と。
『イタリアン・アメリカン』 は、若きスコセッシがNY・リ トルイタリーの実家で両親 を撮ったドキュメンタリー。両 親は共にイタリアからの移 民二世で、語られる幼少期 の記憶は20世紀初頭、アメ リカに渡った移民一世の生活史。祖国を離れた小船は1ヶ月かけて新天地に到着し、ささやかな職を得て共働 きで家族を養う。3部屋のアパートに14人と手作りワイン樽がひしめきあって暮らし たこと。アパートの誰もが鍵をかけず、子供たちは晩御飯のメニューが気に入らなけ ればあちこちの家庭に侵入し好きなメニューを食べたこと。子供たちが徐々に職に就 く年齢になり、ようやく貯まったお金でクリスマスツリーを買って飾れた年は嬉しかっ たこと。
ソファで寛ぐ両親は、40年も一緒にいて今さら話すことなんてないよ!と言いつつ 夫婦漫才のごとく喋りまくる。そんな勢いに巻き込まれすぎず、ホームムービーを映 画の形に整えるためか、映画を貫く「ママにスコセッシ家秘伝のトマトソースレシピを 聞く」という問いが冒頭に示され、カメラは鍋にソースが煮えるキッチンとリビングを 往復し、エンドロールでレシピが紹介される。狙い通りということか、アメリカで手に 入る材料でイタリアの味を再現し、両親それぞれの家庭の味を受け継いだトマトソー スは、まさにスコセッシ家、イタリアン・アメリカンそのものだった。
すっかり手料理を堪能した気分で観終れば、もはやイタリアン・アメリカンと無関 係ではいられない。以来、移民にまつわるニュースを耳にするたび、祖国を離れた理 由、住む場所を見つけ食べていけるのか、ふとそんなことを気にかける。
監督としての色気が出たのか家具を動かして撮影したらしく、ママに『あんた!ちゃ んと元に戻して帰りなさいよ!』と怒られながらも、カメラの手前のスコセッシの無言 の姿勢は画面に満ちていた。あなたをもっと知りたいから最短距離にカメラを置く、 もちろん最大限の敬意を払って。私にとって好ましいドキュメンタリーとは、他者とい かに関係を結ぶか、その距離感の好ましさなのかもしれない。